「脳死移植ゼロ」という現実―「脳死移植」の理解が深まるとは、いかなることか

先週になってしまいましたが、9月4日の日経新聞朝刊社会面に「脳死移植 半年ゼロ」という記事がありました。
NIKKEI いきいき健康 ネット版では冒頭の2段落分しかありません…(今日のエントリーの最後に記事全文を引用しました)

この7月に「臓器移植法改正」が国会で可決・成立したのですが、この半年間、脳死状態からの臓器提供事例が全く無い、というのがここで確認されていることです。7月14日のエントリーでは、「いつ「第82例」が実施されるのか」として、既に「ゼロ」が続いていることを指摘してあります。今回の日経新聞の記事は、その「ゼロ」がまだ続いていることを指摘しているわけです。

なぜ「ゼロ」なのか、というわけですが、日経新聞の記事では、日本臓器移植ネットワークの担当者の話として、「臓器移植法改正」論議の影響が指摘されています。

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第1回高遠ブックフェスティバル

2009年8月29日(土)と30日(日)に開催された高遠ブックフェスティバルに行ってきました。
高遠というのは、桜(タカトオコヒガンザクラ)の名所として、あるいは、その桜の名所となっている高遠城(現在は城址公園)で有名かもしれません。ちなみに高遠城は、武田氏の時代には武田勝頼仁科盛信、江戸時代には保科氏、鳥井氏、内藤氏が城主でした。江戸時代には、大奥を舞台にした勢力争いである絵島生島事件の中心人物、絵島が流された地でもありました。現在は伊那市の一部となっています。
一般社団法人 伊那市観光協会 公式ホームページ – おいでな伊那

その高遠で「日本初のブックツーリズム」の試みとして開催されたのが、高遠ブックフェスティバルです。
第1回高遠ブックフェスティバル公式ページ

2500人が来場した、というブログ記事もあります。車がないと訪れるのにはちょっと不便なまちですが、「人が多くて何もできない!」ということもなく、幸い天候にも恵まれ、信州の自然と美味しい食べ物、そして何よりも「本」。なかなか気持ちのいい週末を過せました。

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「なぜ、ヘイ・オン・ワイで「古書」を買うのか?」と「医療ツーリズム」

7月発行の『三田社会学』という雑誌の「特集:古書流通から見た地域社会」に拙稿「なぜ、ヘイ・オン・ワイで「古書」を買うのか?」が掲載されました。
これは『神田神保町とヘイ・オン・ワイ―古書とまちづくりの比較社会学』に書かせてもらったコラムと2008年の三田社会学会大会シンポジウムでの口頭発表をもとにして、ゲスト(ツーリスト)の視点で観光地としての「ブックタウン」であるウェールズの「ヘイ・オン・ワイ」を考えたものです。
ウェールズの郊外、ロンドンから車で4時間もかかるヘイ・オン・ワイが、観光地として多くのツーリストを集めているのは、なぜか。ツーリストは、なぜヘイに行くのか。そうした問いを、考えてみました。

この拙稿をまとめるにあたって、改めて国境を越える人々の存在や移動性(モビリティ)に着目した社会学者ジョン・アーリの議論などを参考にしたのですが、「移植ツーリズム」についてもちょっとだけ言及しました。
それというのも、「観光」をめぐる研究のテーマの一つに、ツーリスト(ゲスト)によるホスト社会の搾取という課題があります。ここでは南北問題や環境問題なども背景となっているわけですが、生命倫理の問題として指摘される「移植ツーリズム」や「代理母ツーリズム」は、「生命」や「身体」をめぐって、このツーリストによるホスト社会の搾取という課題をラディカルに浮き彫りにするものだと言えるからです。
「移植ツーリズム」に関しては、「臓器移植法改正」論議に関連して何度か言及してきましたし(5月24日のエントリー6月16日のエントリーなど)、「代理母ツーリズム」についても4月13日のエントリーで触れました。
こうした生命倫理の問題とされる様々なツーリズムを、「ツーリズム研究」の視角から考えれば、人々の移動を喚起するメカニズムの解明や、一度できてしまったツーリズムの構造を排除したり変更することがいかにして可能なのか、という問題系が浮かび上げって来るのかもしれません。
紛争などで海外渡航制限がなされた国や地域にだって赴く人はいるわけです。ましてや、「自分の命」「子どもの命」のため、という思いを強くしている人々の「移動」をゼロにすることなど、現実的なものではないようにも思います。
強者による弱者の搾取、富者による貧者の搾取を生じさせるツーリズムは、「必要悪」なのかどうか。

その一方でツーリズムは、産業の振興策としても注目されています。
経済産業省に設置されていた「サービス・ツーリズム(高度健診医療分野)研究会」は、「研究会とりまとめ」を発表しています。
http://www.meti.go.jp/press/20090804005/20090804005.html
経産省、医療ツーリズム事業化へ検討着手―週刊観光経済新聞
こちらは、主に「裕福な外国人」をターゲットにして、「日本の高度な医療」を観光資源とするものです。「医療観光」とか「医療ツーリズム」あるいは「ヘルス・ツーリズム」と呼ばれるものですが、医療を「サービス産業」として位置づけ、「医療サービス」という言葉が頻出する文書は、何とも不思議な感じがしてしまいます…

もうすぐ新学期!?

すっかり更新が滞ってしまっていました。
臓器移植法改正案A案」の可決・成立、前期末試験の実施と採点、研究会、息抜き、その他などと続き、気づけば8月も後半になってしまいました。
後期に非常勤講師(兼担)として出講させて頂く医系大学は、9月1週目から授業が始まります。もちろん、高校や大学での非常勤も9月半ばにはすべて授業開始。以前は「夏休み」を長く感じたものですが…

今年度から担当させて頂いている「技術者の倫理」(半期)の講義も、2学期目に入ります。前期は自分自身も勉強しながらだったので、おぼつかない授業で、テストもやや難しくなってしまい学生に迷惑をかけてしまいました。(一応、補足しておくと、テストを作成するときには、「だいたい平均点はこのくらい」というラインを設定しているのですが、前期はその設定がうまく合わなかった、という意味です。)というわけで、「救済措置」として提示した任意提出の課題を出してくれなかった学生には、ひょっとすると厳しい結果になってしまったかもしれません。
「任意提出」ではなくて、必須の課題にすればよかったのかな、とちょっと反省しました。
(どうすることが「学生のため」になるのかは、考え始めれば難しいですけれど…)

参議院でのA案可決、成立について

13日の参議院本会議で採決された「臓器移植法改正案」ですが、個人的にはもっとも「危険」であると思われたA案が可決し、成立しました。
この事態に対して、すでに、採決直後からいくつかのグループが記者会見し、意見表明をされています。
生命倫理」に関わる研究をする身として、あるいは、大学や高校で「生命倫理」などを担当させてもらっている身としては、「生命倫理会議」の先生方が、どのような見解を持っておられるかを、多いに参考にしてきました。「生命倫理会議」も、この事態に対する緊急声明を発表しています。
 生命倫理会議: 参議院A案可決・成立に対する緊急声明

今回の件に関して、取材が多く大変だったと思われる移植ネットワークも、短いコメントを発表していますね。
 臓器の移植に関する法律の改正に伴うコメントについて

正直な気持ちとして、「A案成立」を喜ぶことはできません。移植を待つ患者の方々には吉報なのかもしれませんが、そうした「メリット」に対して、危険性や「デメリット」があまりにも大きすぎると思える「改正案」だからです。

とはいえ、成立してしまったものは仕方ありません。これで専門的な研究に意味がなくなるというわけではないので、今後も「脳死」「臓器移植」の問題については、検討を続けてゆきたいと思っているわけです。

今後の動向を考える上で、いま、個人的に着目していることが、いくつかあります。「長期脳死の子どもと家族の今後」や「小児の脳死判定基準作成」「教育現場への影響」など重要な論点もありますが、とりあえず、専門家ではなくとも、ネット上の情報源だけで十分に実行できることを3点ほど挙げたいと思います。

(1)「A案への改正」の効果の検証
まずは、この「A案」による効果の検証です。日本移植学会作成の資料では、「A案」であれば、年間の脳死状態のドナーからの臓器提供数、小児の臓器提供数について、以下のように予想されていました。

臓器提供は増加するのか?
(A案)年間70例近い脳死臓器提供が見込まれ、現在よりもかなり多くの患者の命を救うことができると予想される。


小児の心臓移植・肺移植可能年齢は引き下げられるか
(A案)家族の同意で提供可能であり、年間3-5例の移植が可能である。


「臓器移植に関する法律」の改正案の比較(PDFファイル)より

この移植学会による「比較表」は、客観性や公平性という点で、かなり問題のあるものだと思います(この件については、5月17日のエントリーを参照)。
そうした問題は、ひとまず無視するとして、この「予想」については、きちんと検証する必要があると思います。
この点は、日本臓器移植ネットワークのHPで公開されている移植に関するデータなどを通して、容易に検証できるものです。
 日本臓器移植ネットワーク | 移植に関するデータ | 臓器提供数/移植数 - 臓器移植に関する提供件数と移植件数(2019年)
もちろん、「A案への改正」が実際に施行される、つまり法律として運用されるまでには、これから1年あるとのことです。1年後、2年後になっても忘れずに、この検証作業は行われるべきものだと思います。

(2)小児の海外渡航移植は、本当になくなるのか
関連して、小児の海外渡航移植が本当になくなる、あるいは減少するのか、ということがあります。
これも日本移植学会のデータですが、「臓器移植ファクトブック2008」によると、海外で心臓移植を受けた症例数は、1998年以降、年4例から15例の間で推移しています。そのうち、18歳未満の小児が海外で心臓移植を受けた症例数は、年3例から9例の間で推移しています。
 臓器移植ファクトブック2008
上で引用した、移植学会の予想では、小児の心臓移植・肺移植は、年間3-5例が可能となるとのことです。
この予想通りならば、海外で心臓移植を受ける小児の症例数は、年間4-6例になるはずです。
この数字からすると、「改正」前の状況と比べて劇的な変化はないのかもしれません。
さらに、「待っていれば国内でも移植を受けられる」状況になることで、どうしても海外での移植を求める患者・家族は、現在よりもつらい状況に陥るのではないかと危惧されます。
とりあえずは、小児の海外渡航移植の実施件数について日本移植学会が公表するデータやメディアでの報道を通して検証できると思います。また、国内での脳死状態の小児からの臓器提供と移植実施件数についても、日本臓器移植ネットワークの公表するデータで検証できると思います。
小児に限りませんが、募金活動などをされている方々の情報は、日本移植支援協会のHPでも確認することが出来ます。海外渡航を希望する方のすべてではないですが、いま現在、どのくらいの数の方が募金活動を行っているのかが、わかるかと思います。
 NPO日本移植支援協会
これも施行されてからのことで、1年後、2年後にならないと検証作業はできませんが、忘れられてはならないことだと思います。

(3)いつ「第82例」が実施されるのか
ところで、国会で「臓器移植法改正案」が審議されている間、「脳死からの臓器提供」が実施されたかどうか、即答できる人は、どのくらいいるでしょうか。
1997年10月の現行法施行以降、「脳死からの臓器提供」は81例あったとされています。その「第81例」は2009年2月に行われたものです。
 日本臓器移植ネットワーク | 移植に関するデータ | 脳死での臓器提供 - 脳死臓器提供
2008年は3月、4月、5月、6月の4ヶ月間に5例、2007年も同じ期間に4例の「脳死からの臓器提供」がありました。それに対して、今年2009年は、この4ヶ月間に「0例」だったのです。(2006年は6例、2005年は2例、2004年は1例、2003年は0例でした。)
ここ数年の動向と比較すると、「おや?」と思うくらい少ないわけです。「誤差の範囲」と言えば、それまでかもしれません。こうやって匿名化され、脱文脈化された「数字」だけで判断するのも、どうかと思いますが、「移植法改正」論議がされているさなかに、「脳死からの臓器提供」が行われれば、マスメディアや社会から注目されることは必定だったわけです。ということは、そうした注目を避けたいという意識も働いて、この4ヶ月間に「脳死からの臓器提供」が行われなかったのではないかと想像してしまいます。
こうしたことを踏まえて、次の「脳死からの臓器提供」、つまり「第82例」が、いつ、どこで実施されるのか、その際は法律法令・ガイドラインがきちんと順守されているのか、ということに注視したいと思っています。
管見の限りですが、これまでの「81例」すべてを新聞記事として報道し続けていたのは、毎日新聞だけではないかと思います。
こうした新聞メディア、ネットメディアのみならず、移植ネットワークのHPなどを通して、いつ「第82例」が実施されるのか、つまり、ここ数ヶ月間、一時的に実施されていなかった(=モラトリアム状態だった)「脳死臓器移植」が、いつ再開されてゆくのか。
もちろん、「第82例」だけではなく、今後も、こうした各事例の検証は最低限必要な作業です。こうした最低限の検証作業を忘れないためにも、まずは次の「第82例」に気をつけたいと思うわけです。

今後も「脳死臓器移植」問題を検討し続けるためにも、少なくとも、これらの情報には敏感であり続けたいものです。そして、こうした検証作業を通して、「脳死臓器移植」とは、どのような「医療」なのか、あるいは、どのような「医療技術」なのか、そして、どのような問題があるのか、ということを検討してゆきたいと思います。

「A案」の原動力は「誠実さ」なのか?

臓器移植法改正案」の審議が、よからぬ方向に進んでいるように思います。
7月9日のエントリーでも触れましたが、東京都議会議員選挙の結果によっては、衆議院の解散もあるという状況で、参議院での審議を打ち切り、早くも本会議での採決を「強行」するような状況でもあります。

よからぬ方向、というのは、こうした「拙速な審議」に対する「反対」が、「専門家」からあがっているからです。
生命倫理」の研究・教育に携わる大学教員は、「拙速な審議」に反対しています。
 生命倫理会議
「宗教」の専門家も、「脳死」や少なくとも「拙速な審議」に反対しています。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090708-00000006-cbn-soci

それだけではなく、最後に触れますが、「A案」を支持する方々には、この「脳死臓器移植」という問題を真剣に、そして誠実に検討しようという意志が、ないのではないかと思えてしまうからです。

ところで、こうした状況で、ふと思ったのは、「脳死」の専門家って誰なのだろうか、ということです。
「国会議員」でしょうか?
いや、それは、ありえません。国会議員は「政治家」であって研究者ではないのですから。医師免許を持った議員の方なら知識はお持ちかもしれませんが、臨床・研究から遠ざかっている「単なる医師免許所有者」は、専門家とは呼べないのではないでしょうか。
それなら医師である「日本移植学会の医師」でしょうか?
日本移植学会の方々は「A案」支持なわけですが、それは「脳死」の専門家だから、というようには考えられないと思います。
日本移植学会の「学会の目的」は、「本会は、移植およびその関連分野の進歩普及をはかるとともに、人類の福祉に貢献することを目的とする。」ということです。http://www.asas.or.jp/jst/gakkai.html
つまり、日本移植学会というのは、「移植」の進歩普及のための「学会」なわけです。「脳死状態」の患者の治療を専門にしている学会ではありません。あくまでも「移植」の専門家のハズです。
そうであるならば、移植の専門家の医師が、「ドナー」について語るのは、「脳死状態の患者の治療」に関して豊富な経験を持つからではない、と考えられます。「臓器移植」の治療成績を高めるには、一般的に、より「新鮮」な状態の臓器が必要なわけです。「移植」の専門家が「ドナー」に関わるのは、「ドナー管理」つまり「ドナーの臓器を新鮮に保つ」ためであって、「脳死状態の患者を治療する」ためではないわけです。
このように考えれば、「移植」の専門家が、「脳死は人の死」と言っても、それは明らかに「移植のため」の主張なのではないかと思うのです。

現在の「改正案」論議で焦点になっているのが「脳死は人の死かどうか」や「小児の脳死判定」であるならば、より適切な「専門家」は他にいるはずです。

「小児の脳死判定」の専門家は、やはり「小児の脳死状態」について豊富な知識と経験を持つ医師が考えられます。
たとえば、日本小児科学会は2006年5月21日付の発表で、A案に反対しています。
 臓器移植関連法案改正についての日本小児科学会の考え方
そして、「子どもの脳死臓器移植プロジェクト」という委員会を設置して検討しているところです。(この委員会については、6月21日のエントリーで、その報道のされ方について触れました。)
 子どもの脳死臓器移植プロジェクト
そうであるならば、小児科学会の見解を待つのが、「専門家」を尊重することなのではないかと思います。

そして、「脳死臓器移植」についての研究者は他にもいます。
7月9日のエントリーで一覧を提示しましたが、今回の参議院厚労委員会には、臏島次郎(ぬで島次郎)氏や森岡正博氏、そして米本昌平氏も参考人として呼ばれていました。
米本昌平氏と言えば、「生命倫理」に関わる研究をしていれば知らない人はいない方です(「生命倫理」に関わる研究をしているという自覚があるのに、米本氏の名前を初めて聞いたという方は、失礼ですが「勉強不足」です)。そして、「脳死臨調」の委員だった方です。『バイオエシックス (講談社現代新書 (759))』や『先端医療革命―その技術・思想・制度 (中公新書)』をはじめ、最近では『バイオポリティクス―人体を管理するとはどういうことか (中公新書)』などを書かれています。
ぬで島次郎氏は生命倫理政策についての専門家であり、脳死臓器移植に関わる政策の国際比較なども研究されている方です。『先端医療のルール-人体利用はどこまで許されるのか (講談社現代新書)』や『脳死・臓器移植と日本社会―死と死後を決める作法』などを書かれています。
そして森岡正博氏は、1980年代から「脳死」に関しても鋭い見解を示してきた方です。森岡氏は『生命学に何ができるか―脳死・フェミニズム・優生思想』などで、ラザロ徴候にいち早く着目した方でもあります。また『脳死の人―生命学の視点から』(初版1989年)も忘れてはならない著作です。

「医師」ではなくとも、いや、「医師」ではないからこそ、見えてくるものがあるのです。

ところが、7月7日に参議院厚労委員会で、参考人として意見表明した森岡正博氏も嘆く「実態」があります。何かと言えば、国会議員よりもよっぽど「専門家」だと言える森岡正博氏の委員会での指摘を、A案提出者は完全に無視している、さらに「虚偽」の答弁をしている、ということです。それが「虚偽」であることは、9日の審議で明らかにされています。以下、森岡氏のブログで一連の経過が確認できます。(ちなみに、森岡氏が嘆いてらっしゃる「議員」も「医師」です。)
 長期脳死、本人の意思表示@参議院での発言 - kanjinaiのブログ
 これが「政治」の醜さでしょう@参議院 - kanjinaiのブログ
 小池晃議員によって嘘は正された - kanjinaiのブログ

僕自身も5月24日のエントリー6月16日のエントリーなどで言及してきたWHOの(新)移植指針について、嬉しいことに、「生命倫理会議」も事実と異なるような報道がなされていると指摘していました。生命倫理会議: 衆議院A案可決に対する緊急声明
さらに、これに関連して、7月8日発売の『世界』8月号に掲載されている小松美彦氏の「臓器移植法改定 A案の本質は何か―「脳死=人の死」から「尊厳死」へ」という論考でも、「A案はWHOが推奨する臓器移植法案です」と書かれた「A案提出者一同」の名による「簡略文書」が6月18日の「衆院本会議の各議員の席上に配布されたという。」と指摘されています(49頁)。
少なくとも、僕が5月25日のエントリーでWHOの移植指針を検討した限り、A案は(新)移植指針に反する可能性すら有する「改正案」でした。それにも関わらず、小松氏が指摘する文書が存在するのだとすれば、「A案提出者一同」の方々は、少なくとも「誠実」な方々ではないと言えるのではないでしょうか。

森岡氏や小松氏の指摘をまとめると、「A案」を提出した方々や支持する方々は、「脳死臓器移植」について真剣に誠実に議論し、より正しい「結論」を得ようとしているのではないように思えてしまいます。
「移植を待つ患者」の方々の存在を軽視するつもりはありませんが、「子どもの脳死」や「脳死は人の死」という論点に関して、これから「専門的な議論」を始めようとしていたり、多くの専門家が「慎重な審議」を求めている状況で、それらを無視するということは、何か怖い気がします。

「移植推進派」と目される「産経新聞」が、衆議院でのA案可決を報じる記事に、興味深い見出しを打っています。ちなみに、この記事でも小松氏が指摘した「文書」に言及されています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090619-00000154-san-pol
「「ロビー活動」が奏功」という見出し。実際の紙面では、もっとも目立つ見出しがこの文言です。
今国会での「臓器移植法改正」論議とは、いったい何なのか。そこにあるのが、議論や審議ではなく「ロビー活動」だけなのだとしたら、それも「誠実ではない情報」を流すことで進めている活動だとしたら。
自民党のベテラン議員のための「花道」ではなく、「移植を待つ患者のため」であったとしても、いや、「移植を待つ患者のため」だからこそ、後に様々な「疑念」や「懸念」を残すことなく、多くの人が「納得」できる結論に至ることが必要なのではないでしょうか。だからこそ、その「やり方」は問われるべきなのではないかと思います。

参議院での審議(参考人の一覧など)

「学期末」ということで、ここのところ試験問題の作成やら採点やらに追われています。けれども、参議院での「臓器移植法改正案」をめぐる審議は着々と進行しているという現実があります。
週明けの13日にも参議院本会議で採決という報道すらあります。
 http://mainichi.jp/select/today/news/20090710k0000m010114000c.html
 http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090710k0000m010137000c.html

ひとまず、これまでの状況をまとめてみました。

とりあえず審議されている「改正案」は以下です。
いわゆる「A案」 →  参議院の議案情報のA案
いわゆる「対案」あるいは「E案」 → 参議院の議案情報の対案

また、「A案」には「修正案」も提出されています。
 http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090708k0000m010051000c.html

それから、参議院での審議は、6月26日の本会議での趣旨説明からはじまり、6月30日、7月2日、7月6日、7月7日には参考人を呼んでの質疑、また7月9日にも審議がされています。
以下に参考人一覧を挙げておきます。

法案趣旨説明
 「A案」:冨岡勉衆議院議員
 「E案(対案)」:川田龍平参議院議員
 → 6月26日の会議録はコチラ

法案趣旨説明
 「A案」:山内康一衆議院議員
 「E案(対案)」:岡崎トミ子参議院議員
政府参考人質疑
 上田博三氏(厚生労働省健康局長)
 中尾昭弘氏(厚生労働大臣官房審議官)
脳死判定から臓器移植に至る医学的プロセス及び検証会議における検証結果について
 藤原研司氏(脳死下での臓器提供事例に係る検証会議 座長・独立行政法人労働者健康福祉機構横浜労災病院 院長)
 → 6月30日の会議録はコチラ

参考人
 加藤高志氏(日本弁護士連合会 人権擁護委員会委員)
 木下勝之氏(社団法人日本医師会 常任理事)
 有賀徹氏(昭和大学医学部 救急医学教授・日本救急医学会 理事)
 大久保通方氏(臓器移植患者団体連絡会 代表幹事・NPO法人日本移植者協議会理事長)
 寺岡慧氏(日本移植学会 理事長)
 横田俊平氏(社団法人日本小児科学会 会長・横浜市立大学大学院医学研究科 発生成育小児医療学教授)
 篠崎尚史氏(日本移植コーディネーター協議会 副会長)
 柳田邦男氏(作家・評論家)

参考人
 宍野史生氏(財団法人日本宗教連盟 幹事)
 宮本高宏氏(社団法人全国腎臓病協議会 会長)
 井手政子氏(全国交通事故遺族の会 理事)
 小林英司氏(自治医科大学先端医療技術開発センター先端治療開発部門 客員教授
 谷澤隆邦氏(兵庫医科大学小児科 主任教授・日本小児科学会倫理委員会 委員長)
 島崎修次氏(財団法人日本救急医療財団 理事長・杏林大学医学部救急医学 教授)
 臏島次郎(ぬで島次郎)氏(東京財団 研究員)
 町野朔氏(上智大学法学研究科 教授)

参考人
 高橋和子氏(日本移植支援協会 副理事長)
 高原史郎氏(大阪大学大学院医学系研究科先端移植基盤医療学 教授)
 森岡正博氏(大阪府立大学人間社会学部 教授
 米本昌平氏(東京大学先端科学技術研究センター 特任教授)



審議はまだ続いていますが、来週13日にも本会議で採決という報道もありますから、いつ採決になるかは、わかりません。ただ、報道は減少気味の模様です。
参議院では、臏島次郎(ぬで島次郎)氏や森岡正博氏、そして米本昌平氏のように「生命倫理の研究者」が参考人として招聘されていたので、さすが良識の府である参議院だと思っていました。でも、まさか、これで本会議での採決を行うなんてあるのでしょうか。参議院まで「愚行」を繰り返すとは思いたくないのですが…

審議については、参議院のインターネット中継「厚労委員会」で見ることができます。
 7月に入ってからの厚労委員会はコチラ → 参議院インターネット中継