改めて、親族への優先提供について:議論の開始

この7月に成立した「改正臓器移植法」ですが、来年の施行に向けての具体的な省令・ガイドラインの策定(改定)についての議論が始まっていました。
9月は新学期が始まる時期というわけで、ちょっと情報収集を怠っていたこともあり、知りませんでした…(更新も怠っていましたが…)

7月に「A案」が成立した時点で、すぐに気づかなかったのですが、今回の「改正法」の施行は「1年後」というわけではありません。
「6条の2」、つまり「親族への優先提供」については、成立から6ヵ月後、来年1月17日に施行されることになっています。(その他の部分に関しては、成立から1年後の2010年7月17日です。)
そこで、3ヵ月後の施行に向けて、ようやく公式に議論が始まったというわけです。
※「改正論議」の時期に書いたものですが、「親族への優先提供」については、4月21日のエントリーで取り上げています。

9月15日に、厚生労働省の「厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会」(委員長=永井良三・東大大学院医学系研究科教授)の第26回会合が開催されています。この委員会、前回の開催が2007年4月23日ですから、ずいぶん久々の開催だったわけですが、そこで今後の審議のスケジュール等が示されたようです。
厚労省 疾病対策部会臓器移植委員会
改正臓器移植法、優先提供は「親子と配偶者」に限定へ―医療介護CBニュース

医療介護CBニュースの記事によると、この委員会での「意見交換では、検討課題の一つとして挙げられた「親族への優先提供」規定での「親族」の範囲が焦点になり、「親子と配偶者」に限定することが了承された。」とのことです。
そして、「厚労省は、「親族への優先提供」規定についての法施行が来年1月17日に迫っていることから、当面は毎月委員会を開き、作業班からの報告などを踏まえながらこの問題を優先的に議論する。11月から1か月間パブリックコメントを募集し、年内には省令やガイドラインの案をまとめたい考えだ。」とあります。かなり慌しい作業になるようです。

つづいて10月1日に、「臓器提供に係る意思表示・小児からの臓器提供等に関する作業班」(班長=新美育文・明大法学部教授)の初会合が開かれています。
「親族への優先提供」で専門的議論を開始―改正臓器移植法―医療介護CBニュース

これも医療介護CBニュースの記事によると、この作業班の「会合は月内に数回開かれる予定で、11月上旬には臓器移植委員会に検討内容を報告する方針」とのことです。作業班では、「親族への優先提供」と「レシピエント選択基準」との関係についても議論が行われたそうです。「移植の有効性」という観点からのレシピエント選択、「移植機会の公平性」を確保するための優先順位の決定、そこに「親族への優先提供」という問題がかかわってくるので、議論がどう進むのか注目したいところです。
ただ、この作業班から臓器移植委員会への報告が「11月上旬」となっているので、そうすると、パブリックコメントの募集は、作業班からの報告があってからということになって、そこから1ヶ月間パブリックコメントを募集すると、それを締め切るのは12月半ばくらいになるわけですよね。1月17日の施行に間に合うのかどうか、怪しいようにも思います。
まさか、作業班の検討内容を無視したり、パブリックコメントを完全に無視したガイドラインを策定するわけはない、と思いたいですけれど。

そして10月13日に、「臓器移植に係る普及啓発に関する作業班」(班長=篠崎尚史・東京歯科大市川総合病院角膜センター長)の初会合が開かれました。
親族への優先提供、「医師への普及啓発も必要」―改正臓器移植法―医療介護CBニュース
同上ニュースのYahoo!ニュース版

医療介護CBニュースの記事によれば、この作業班では、「親族への優先提供」についての記載方法に関して、臓器提供意思表示カードの様式をどうするか意見が出されたようです。


いずれも、医療介護CBニュースの記事からの情報ばかりですが、「親族への優先提供」と言った場合の「親族」とは、「親子」と「配偶者」という解釈になるようです。
この解釈は、「改正案」提案者による答弁に依拠しているようです。けれど、具体的なガイドライン策定(改定)に際しては、いくつか注意せねばならない点もあるように思います。以下に、現段階で思いつくものを挙げてみます。

  1. 馬鹿げた状況を想像してしまっているのかもしれませんが、脳死からの臓器提供目的での「偽装結婚」や「偽装養子縁組」には注意せねばならないハズです。
  2. 「殺人(未遂)事件」や「不審な事故」によって「脳死状態」になった人が「優先提供」の意思表示をしていた場合、レシピエントとして指名されている人が、そうした事件・事故などに関与していないか精査する必要があるハズです。
  3. 「自殺(未遂)」によって「脳死状態」になった人が「優先提供」の意思表示をしていた場合について検討しておく必要があるハズです。それというのも、「わが子に心臓を提供するために自殺(未遂)した親」という(映画「ジョンQ」のような)状況があらわれた場合への対応は、事前に検討しておくべきではないかと思うわけです。

こうして「親族への優先提供」規定が盛り込まれたことによって、「偽装」による「臓器売買」の可能性や「臓器目当て」の殺人(未遂)事件(あるいは「脳死」事件)が発生する可能性が、(わずかかもしれませんが)高まったわけです。
このリスクを、きちんと検討して、省令やガイドラインの策定(改定)につなげてもらいたいものです。


「いまさら」ですが、日本の「(旧)臓器移植法」の内容を評価する論文がバイオエシックスの専門誌に掲載されているそうです。
Kristin Zeilerの脳死多元論肯定論文 - kanjinaiのブログ
僕はこの論文、さっそくダウンロードだけしてまだ読んでいないのですが、楽しみです。
日本の「臓器移植法」が「どのように変わったのか」について興味を抱いている海外の研究者もいることは確かです。先日、ある研究会でお会いしたドイツの研究者に、今回の「改正」で「優先提供」規定が盛り込まれたと説明したら、「そんな規定はドイツには無い」と、とても驚いていました。その驚きは、もちろん否定的な驚き(と僕は受け取っています)。

日本の「(旧)臓器移植法」や今回の「改正」の結果が、学問的にどう評価されることになるのか、興味深いところですね。