子どもの臓器提供をめぐって

論点整理のつづきです。
今回の「臓器移植法改正」論議の大きな論点(あるいは「改正」の目的)には、(b)子どもの臓器提供をめぐるものがあります。これについてまずは、現行法の状況を確認しましょう。
それというのも、「現在の臓器移植法は、15歳未満の子どもの臓器提供を禁止している」と言う表現が正確なものではないからです。

臓器移植を待っている人(レシピエント側)からみると、まず臓器を移植する場合に、その大きさが問題になります。体の小さな子どもに、大人のサイズの大きな心臓を詰め込むことはできない。とくに幼児の場合は、近い年齢の子どもから提供された臓器ではないと、移植に使うことが出来ないということになります。
だから、子どもへの臓器移植を進めるには、子どもからの臓器提供が必要になる。大雑把に言えば、そういうことになります。

ところで、「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)では、脳死状態からの臓器提供をするには「本人の書面による意思表示」が必要です。(厳密には、法的脳死判定を受けることについてと、臓器の提供についての、二段階の意思表示が必要。「臓器提供意思表示カード」に漏れなく記入すれば不備はない)

臓器の移植に関する法律
第六条
 医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための、臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる
2 前項に規定する「脳死した者の身体」とは、その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう。
3 臓器の摘出に係る前項の判定は、当該者が第一項に規定する意思の表示に併せて前項による判定に従う意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けたその者の家族が当該判定を拒まないとき又は家族がないときに限り、行うことができる。
(以下、略)

そして、この「本人の意思表示」が有効なものとして認められるのが、「15歳以上」だと言われています。だから、15歳未満の人の場合は、脳死状態からの臓器提供が認められない、ということになります。

このように説明されるのですが、「臓器移植法」をすみずみまで読んでみてください。おかしなことに気がつくはずです。

どこにも「本人の意思表示が有効となるのは15歳以上とする」という内容のことは書かれていないのです。


たしかに、「臓器移植法」第19条には、厚生労働省令への委任として、次のように書かれています。

臓器の移植に関する法律
第十九条
 この法律に定めるもののほか、この法律の実施のための手続その他この法律の施行に関し必要な事項は、厚生労働省令で定める。

それでは厚生労働省令である「臓器の移植に関する法律施行規則」に、年齢のことが書かれているのでしょうか。
この法律施行規則にでてくる年齢制限は、「脳死判定」の対象として6歳未満は除外するということだけです。(施行規則 第2条)

6歳未満の場合は、そもそも法律に基づいた「脳死判定」はできないのです。
だから、改正案A案のように、年齢制限を撤廃するのであれば、この脳死判定に関する法律施行規則も変わるわけです。

でも、ここまででわかることは、「6歳未満」の場合は脳死状態からの臓器提供ができない、ということ。本人の意思表示が有効となるのは「15歳以上」だということまでは、書かれていません。

本人の意思表示に関する「年齢制限」が出てくるのは、1997年10月8日付の厚生省保健医療局長通知(当時)である「「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針(ガイドライン)」です。
このガイドラインの「第1」の冒頭に、次のように書かれています。

「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針(ガイドライン)
第1 書面による意思表示ができる年齢等に関する事項
臓器の移植に関する法律(平成9年法律第104号。以下「法」という。)における臓器提供に係る意思表示の有効性について、年齢等により画一的に判断することは難しいと考えるが、民法上の遺言可能年齢等を参考として、法の運用に当たっては、15歳以上の者の意思表示を有効なものとして取り扱うこと。

参議院での附帯決議で、「臓器を提供する適正な意思表示ができる者の年齢等の範囲について、関係方面の意見を踏まえ、早急に検討を行うこと。」と規定されています。これを受けて、1997年8月29日の(旧)厚生省「公衆衛生審議会成人病難病対策部会」で、「臓器の移植に関する法律」の運用に関するガイドライン(厚生省試案)が議題となり、原案通りに承認されています。議事録はコチラ

このガイドラインを決めたのが、「公衆衛生審議会成人病難病対策部会」だったということは、山本孝史議員立法──日本政治活性化への道』でチラっと触れられていました。この本から、今回の「改正案」の提出者になっている国会議員の方々にも、ぜひ読んでもらいたい部分を引用しておきます。

 この委員会審議は一般にも公開されたが、私〔山本孝史氏〕も、法案成立後に政省令がどのように策定されるかに興味を持ったので、できるかぎり出席し、傍聴した。
 政省令には国会審議の内容が反映されるのが当然であるが、委員の多くが、移植医、患者団体代表、移植コーディネーターなどで占められ、移植推進派の観点に立って、政省令や運用指針が作成されていったように感じる。そのため、思わず、「本音だな」と思えることも何度かあった。
 また、会場では残念ながら、他の国会議員の姿を見ることはなかった。法案の成立に全力を使い果たし、「出来上がり」の姿に無関心では、責任をもって法律の成立に携わったとは言えないのではないだろうか。臓器移植法案が議員立法であるだけに、その思いを強く持った。
山本孝史議員立法──日本政治活性化への道』第一書林、1998年、118頁。)

というわけで、15歳未満の子どもの臓器提供は、法律で禁止されている」というのは、正確な表現ではないということになります。ガイドラインで認められていない、というわけです。でも「法律」のなかに「ガイドライン」も含まれるのかな? この辺りのことは、法律に詳しい方に教えていただきたいと思っています。少なくともhttp://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgiでは、ガイドラインは検索対象に入っていないようですね。臓器移植法ガイドラインについては、厚生労働省法令等データベースシステムで検索できます。
この本人の意思表示をめぐる年齢制限は、国会で議決された事柄ではなかったわけです。

というわけで、現行法の確認に終始してしまいました。

いずれにせよ、(1)現行法で求められている「本人の書面による意思表示」、そして(2)「15歳以上の意思表示を有効とする」ガイドライン、この2つが「子どもからの臓器提供」のあり方を左右していることになります。
こうした観点から改正案をながめれば、(1)を撤廃する方向(A案)と、(2)を改定する方向(B案あるいはD案?)という区別ができるわけです。
その上で、判断能力や責任能力を成人と同様に認められていない「子ども」の場合、何らかの仕組みによって「大人」による「子ども」の人権侵害を防ぐ必要がある。

選挙権は与えない。遺言の有効性も認めない。でも、臓器の提供に関わる意思表示は認める。
それは果たして、一貫した姿勢なのでしょうか?
「子どもの意思表示」については、少年法とも関わってくるように思います。その分野の専門家の意見が、あまり聞こえてこないのは、少し残念です。

いずれにせよ、パターナリスティックに子どもの臓器提供を勧めることこそ、人権侵害のような気がします。「臓器提供」とは「善い行為」ではないかもしれない、本人の尊厳を傷つける行為かもしれない、そういう観点が失われてしまったときに「人権侵害」が起きるのかもしれません。
もちろん、レシピエント側(臓器移植を待つ人の側)から見れば、異なる見方になるのかもしれませんが…
この辺りは、もう少し整理しないといけないですね。