改正案の比較(1)

ついに4つになった「臓器移植法改正案」ですが、日本移植学会のホームページで、「改正案」としてあがっているA案、B案、C案、D案についての比較表が掲載されています。
ただし、この比較表は、研究者の目で見ると(そうじゃなくともだと思いますが)、とても恣意的というか作為的というか、A案支持へ誘導するような印象を受けました。

「「臓器移植に関する法律」の各改正案が成立した時に予想される状況」にある「臓器提供は増加するのか?」という欄において、A案ならば「年間70 例近い脳死臓器提供が見込まれ、現在よりもかなり多くの患者の命を救うことができると予想される。」とあります。この「年間70例」という増加の根拠は何なのでしょうか?この数字は、ここ数年の年間10数例という実績の5倍から7倍になります。

他の案に対する評価は逆に、とてもシビアです。
B案に対しては「年間1-2 例の12-15歳のドナーからの脳死臓器提供が増加する可能性がある(即ち現行法とほとんど変わらない)」。
C案に対しては「ほとんど脳死臓器提供はできなくなる。生体臓器移植、組織移植の件数も大幅に減少する。」。*1
そしてD案に対しても「脳死臓器提供が増加する可能性はほとんどない」。

いずれにせよ、こうした数字を出す根拠が問われるわけです。

日本臓器移植ネットワークのページにある数字を参照してみます。
1997年10月16日から2008年12月末日までに、移植ネットワークに寄せられた「脳死からの臓器提供」という意思表示がなされた「臓器提供意思表示カード」の情報は、1090件。そのうち、法的脳死判定の実施が認められている医療機関からの連絡で、かつ、心停止前の連絡だったものは、336件。
このうち、法的脳死判定を実施しなかったのが、254件あります。
これらのうち、「脳死状態を経ていない事例」が139件、「脳死状態を経たと思われる事例」が115件。

つまり、139件では、脳死状態になる前に「臓器提供意思表示カード」の「脳死からの臓器提供」を希望しているという情報が、移植ネットワークに伝えられています。「脳死状態(臨床的脳死)にもなっていないのに、これから臓器提供者になるかもしれない患者」が、ここに出現しているのです。
さらに、「脳死状態を経たと思われる事例」115件のうち、「法的脳死判定を実施しなかった理由」のなかで最多だったのは、「脳死と診断できず」で57件です。つまり、「脳死状態を経たと思われる事例」であっても、その約半数で脳死と診断できなかったわけです。
この集計と同じ期間にあった「脳死からの臓器提供」は76例です。すると、臓器提供数と同じくらいの「脳死と判断できなかった」事例があるわけです。

このデータは、ちょっと怖いと思います。

まだ「脳死状態」にもなっていないのに、臓器提供意思表示カードにある「臓器提供」の情報だけが伝わってしまっている状況がある、ということなのでしょうか。
脳死状態を経たと思われる事例でも、その約半数では「脳死と診断できず」なのです。

こうした状況に直面した家族、医療従事者、ネットワークのコーディネーターの方々は、「脳死ではなくて残念」と思うのでしょうか。それとも、「脳死ではなくてよかった」と思うのでしょうか。

横道にそれましたが、移植学会の比較表にある通り、A案で年間70例近くの臓器提供例が見込まれるとなると、どれだけ「脳死状態を経ていない」のに臓器提供の情報が独り歩きするのか。そして、それだけ医療現場は忙殺される、ということになって、患者さんへの配慮が行き届かなくなって…
そんなシナリオを考えてしまいました。

またそれました。
結局、移植ネットワークのデータを見ても、A案で臓器提供数が年間70例近くになるという根拠は見出せませんでした。逆に、C案で「ほとんど臓器提供できなくなる」という根拠もありません。
移植学会の比較表は、非科学的な推測なのかもしれません。
もちろん僕が知らないだけで、移植学会では、こうした法案による臓器提供数の変化を科学的に調査研究しているのかもしれませんが…

それと、移植学会の比較表と移植ネットワークのページを見ていて気づいたのは、現在すでに、「組織」の提供が行われているということです。臓器移植法では「眼球」は「臓器」に含まれるので、移植ネットワークのページに書かれている「組織のみ提供」666件というのは、いったい何を提供したのでしょうか…
「人体の資源化」は、すでに、着実に、進行しているのですね。

以下は、批判的に検討するために。
「臓器移植に関する法律」の改正案の比較( A、B、C、D案)(PDFファイル 約31KB)

*1:このエントリーのコメントで書いたことですが、組織移植に関して、「生物由来原料基準」(平成15年5月20日 厚生労働省告示第210号)では、組織を提供する本人あるいは遺族へ文書を用いた十分な説明と、自由な意思による同意を文書により得ることが求められています。こうした基準があるなかで、どれだけの数の組織の提供が行われているのか、ハッキリとしたデータを見たことがありません。少なくとも移植ネットワークのデータでは、後述するように2008年12月末までに組織のみの提供が666件となっています。この数は、「意思表示カード所持に関する情報(件)とその結果」ということですので、C案が成立したとしても影響はありません。だとすれば、組織移植の件数が大幅に減少するということの根拠は、何なのか。そこが疑問です。