改正案の比較(3)WHO移植指針との比較

先日のエントリーで、WHOの移植指針について取り上げました。(5月24日のエントリー
せっかく臓器移植法を修正するのであれば、その新しい移植指針に対応できるようにすべきなのではないかと思います。「国際標準に合わせる」というのであれば、なおさら、それが必要です。
というわけで、今回の「臓器移植法改正」論議で提出されている4つの「改正案」(と現行の「臓器移植法」)について、WHOの移植指針との比較を試みたいと思います。*1
既に日本移植学会のホームページで、WHOの指針も併記した改正案の比較表が入手できますが、そこで併記されているWHOの指針は、改正される予定のものではなく、現在の指針となっています。*2
そういうこともあり、新しく採択される予定のWHO指針と比較することは必要なのではないかと思います。

臓器移植法改正」論議での論点とも重ねて、次のようなポイントを取り上げたいと思います。

  • 臓器提供における意思表示の条件について
  • 子ども(未成年)からの提供について
  • 臓器売買の禁止について
  • 生体移植について
  • 細胞や組織の提供について
  • 親族への優先提供について
  • 臓器提供を増やす方策について

脳死臓器移植」という問題を見渡せば、「脳死は人の死か」や「そもそも移植医療は不完全な医療ではないか、代替手段をもっと発展させるべきではないか」などの論点もあります。けれども、ここでは、上の論点に絞ってみてゆきたいと思います。



臓器提供における意思表示の条件について
まずは意思表示の条件についてです。WHOの移植指針では、「(a)法によって求められている同意(consent)が得られている場合」、なおかつ、「(b)死亡した人が、その摘出に対して反対していたとする理由がない場合」に臓器の摘出が出来るということでした(原則1)。
もちろん、補足説明では意思表示の方法について、「明示的な同意(explicit)」と「推定による同意(presumed)」とを区別して、前者に基づくものをopt-in、後者に基づくものをopt-outとして紹介しています。「もちろん」と言ったのは、意思表示の方法に関して論じる場合、この区別を念頭に置くのは当然だからです。*3
つまり、この「(a)法によって求められている同意」ということは、その国によってopt-inかopt-outが異なることを許容していることになります。

こうした内容から「改正案」と現行の「臓器移植法」は、次のように整理できます。

  • 現行の「臓器移植法:厳格なopt-in方式を採用。
  • A案:緩いopt-in方式(本人の「Yes」という意思表示が必ずしも必要ではなく、家族の承諾で臓器摘出できる)、あるいは、opt-out方式を採用(「No」という本人の意思表示がなければ臓器摘出できる)。もしくは、opt-out方式を念頭に置きつつ、本人の意思表示を組み込む方式を採用していると解釈できる。
  • B案:現行法から変化なし。
  • C案:意思表示の方法に関しては変化なし。ただし、臓器摘出に際して法的な脳死状態の判定(法的脳死判定)を受けるための医学的な条件を付け加えている。
  • D案:15歳以上に関しては、現行法から変化なし。15歳未満については、「No」の意思表示をしていない場合に、「家族の承諾」と「病院などにおける法令違反の確認」がなされれば臓器の摘出が可能となる。つまり、15歳未満についてはopt-out方式とopt-in方式の折衷したものが採用されることになる(と解釈できる)。

広い意味では、どの改正案でもWHO指針に反することは無いと言えます。ただしA案は、現行法のopt-in方式からopt-out方式への変更という解釈も可能かもしれないという意味で、最も大きく変化させようというものです。


子ども(未成年)からの提供について
WHOの指針では、生きている法的な未成年者(legal minor)からの臓器提供について原則的に禁止しています(原則4)。この原則への補足説明では、臓器移植としては、一卵性双生児間の腎臓移植のみが認められるとしています。ただし、これらはいずれも、生体からの臓器提供に関してということになります。
その一方で、指針の更新について述べられている事務局からの報告文書では、生体移植に限定せずに、次のように述べられています。

In the process of revising the Guiding Principles, particular attention has been paid to the protection of minors and other vulnerable persons from coercion and improper inducement to donate cells, tissues or organs.

つまり、指針の改正に際して、強制(coercion)して提供させることや、提供へと不適切な誘導(improper inducement)を行うことから、未成年者や弱い立場の人びとを保護するということに注意が向けられたということです。もちろん、これらは臓器売買を抑止するためのものです。けれども、脳死状態からの臓器摘出を含めて、臓器売買の可能性を拡大するものは、WHO指針に反する可能性があると言えるかもしれません。そもそも、「未成年を保護するために、特別な立法措置が整えられるべき」とされているわけです(原則4)。

こうした内容から「改正案」と現行の「臓器移植法」は、次のように整理できます。

  • 現行の「臓器移植法:未成年者(15歳未満)に関してはガイドラインで、臓器提供と法的脳死判定に従うという意思表示を認めていない。つまり、未成年者からの提供に配慮されている。ただし、法律の文言に書かれたものではないので、法的拘束力はない。
  • A案:意思表示や臓器の摘出に関して、成人と未成年とを区別していない。ただし附則で虐待を受けた児童からの臓器摘出に関しては必要な措置を検討するとされている。
  • B案:現行法には無い年齢の規定を法律の文面に加える。ただし意思表示可能な年齢を15歳以上から12歳以上に変更することで、他の法規における「未成年者」を、臓器移植に関しては成人扱いすることになる。
  • C案:現行法から変化なし。ただし附則で、子どもからの臓器提供や臓器移植に関しては、「児童の権利に関する条約の趣旨を踏まえ、子どもの人権の保障に配慮されなければならない」としている。
  • D案:現行法には無い年齢の規定を法律の文面に加える。15歳未満について、成人(15歳以上)とは異なる措置がとられている。

WHO指針の解釈の仕方次第なのかもしれませんが、A案は未成年者と成人を区別しないことになるので、指針に反する可能性があります。もちろん現行法でも、15歳未満の意思表示の取り扱いについて法律の本文で規定しているわけではないので、移植指針に反するのかもしれません。改正案のなかではC案が、(子どもからの臓器の提供について認めていないけれども)子どもの人権保障を配慮すべきとしている点で、WHO指針にもっとも合致したものかもしれません。ただし、いずれにしても、WHOの指針で示されている原則は、生体移植を念頭に置いたものなので、こうした解釈は微妙なところではあります。


臓器売買の禁止について
WHOの指針改正は、グローバルな臓器売買の禁止を目指すものです。さらに、そこで念頭に置かれているのは、生きている人からの臓器摘出(生体移植)ということになります。こうした観点からすると、生体移植についての規定と臓器売買の禁止についての規定は、密接に関わりあうことになります。
ただし、現行の「臓器移植法」では、「臓器売買の禁止」は既に、次のように規定されています。

(臓器売買等の禁止)
第十一条
 何人も、移植術に使用されるための臓器を提供すること若しくは提供したことの対価として財産上の利益の供与を受け、又はその要求若しくは約束をしてはならない。
2 何人も、移植術に使用されるための臓器の提供を受けること若しくは受けたことの対価として財産上の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。
3 何人も、移植術に使用されるための臓器を提供すること若しくはその提供を受けることのあっせんをすること若しくはあっせんをしたことの対価として財産上の利益の供与を受け、又はその要求若しくは約束をしてはならない。
4 何人も、移植術に使用されるための臓器を提供すること若しくはその提供を受けることのあっせんを受けること若しくはあっせんを受けたことの対価として財産上の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。
5 何人も、臓器が前各項の規定のいずれかに違反する行為に係るものであることを知って、当該臓器を摘出し、又は移植術に使用してはならない。
6 第一項から第四項までの対価には、交通、通信、移植術に使用されるための臓器の摘出、保存若しくは移送又は移植術等に要する費用であって、移植術に使用されるための臓器を提供すること若しくはその提供を受けること又はそれらのあっせんをすることに関して通常必要であると認められるものは、含まれない。

この規定は、生体移植にも適用されるものです。WHOの指針と比べて欠けているのは、保険者などによる医療費の支払いを禁止していない点です。
この点に関して言及している「改正案」はないようです。


生体移植について および 細胞や組織の提供について
臓器売買の禁止において念頭に置かれている「生体移植」については、現行の「臓器移植法」では意思表示の方法などに関して規定がありません(臓器売買の禁止についての規定を除く)。また、WHOの移植指針の名称が、「人の細胞、組織および臓器の移植について」となっていることからも、組織などの提供についても念頭に置く必要があると思われますが、現行の「臓器移植法」にはそうした文面はありません。*4

これらについて、「改正案」のなかで触れているのは、C案のみということになります。
C案の規定が厳格すぎるかどうかは別にして、WHOの移植指針を反映させるのであれば、現状よりも一歩踏み出して、法律の文面として少なくとも法的拘束力のある形で「生体移植」や「組織移植」などについても規定する必要があるのかもしれません。*5


親族への優先提供について
この点については、4月21日のエントリーなどで、既に何度か言及してきました。
WHOの指針では、原則9として、臓器などの配分は、医学的規準および倫理的規範に従うように規定しています。この原則の補足説明では特に、人権に配慮(accord)し、「レシピエントのジェンダー(性別)、人種、宗教、経済など他の状況」などに基づいてはならないと指摘されています。すると、臓器提供者本人の意思による臓器提供先の指定を組み込むとしても、こうしたレシピエントの状況によって差別されてはならないということになるのではないでしょうか。

こうした内容から「改正案」と現行の「臓器移植法」は、次のように整理できます。

  • 現行の「臓器移植法:基本的理念として第二条第4項で「移植術を必要とする者に係る移植術を受ける機会は、公平に与えられるよう配慮されなければならない。」と規定されている。なおガイドラインでは、親族に限るものを含めて、優先提供先を指定することは認めていない。
  • A案:親族への優先的な提供についての意思表示も無条件で認める。(基本的理念は変更なし)
  • B案:親族への優先的な提供についての意思表示も無条件で認める。(基本的理念は変更なし)
  • C案:現行法から変化なし。
  • D案:現行法から変化なし。

WHO指針では、レシピエントの性別、人種、宗教、経済などの状況によって差別してはならないということになりますが、A案やB案による改正では、提供者本人に(親族という限定がかかるとは言え)こうした配慮を求めていません。すると、親族への優先的な提供は、現行法の基本的理念と衝突する可能性があり、さらに提供者の意思としてレシピエントの「差別」が生じる可能性もあるのかもしれません。
生体移植の場合は、基本的に臓器の提供先を指定しているわけですから、その延長で死体(脳死した者の身体も含む)からの臓器提供を考えたいということかもしれません。ただ生体移植で臓器売買が起りやすいのは、この「提供先の指定」が出来るからなわけです。「臓器売買の禁止」を掲げるWHOの移植指針の基本的立場からすれば、提供先の指定は認められない可能性も高いように思います。


臓器提供を増やす方策について
WHOの移植指針それ自体には、臓器提供を増やす方策について言及されているわけではありません。ただし、指針の改正について報告する文書では、臓器(や細胞および組織)の提供を増やすための提案がいくつかされています。そこで挙げられているのは、次のようなことです。

  • WHOの指針は、商業的な取引(commercial trade)や臓器売買(trafficking)を防ぎ、移植を促進する国内の政策や法規のためのもの。
  • 提供と移植について、それを奨励し、コーディネイトし、そして規制(regulate)できる強力な国家機関を有していることは利点となる。
  • 脳死(神経学的規準による死の判断)のドナーだけではなく、「心停止ドナー(non-heartbeating donors)」にも着目すべき。
  • 提供と移植についてモニタリング(監督)することは必須である。監督システムや監視システム(monitoring and surveillance systems)を作り上げて、不都合な出来事などの情報とともに、技術的な発展についての重要な情報を伝える。
  • 商業的な取引(commercial trade)や臓器売買(trafficking)の危険性に公衆が気づき(public awareness)、安全で合法的な提供と移植を公衆が受け入れる(public acceptance)こと。
  • グローバルな臓器の流通や商取引を防ぐために、追跡可能性(traceability)として、世界通し番号制(a global coding system)を活用すること。
  • 移植を必要とするような疾病(disease)になることを減らすための予防や健康増進(health promotion)を第一に考えること。

ここでは、日本の移植医療をめぐるシステムにおいて欠けている点が指摘されています。例えば、提供と移植について「規制」する機関の存在や、モニタリングするシステムの存在です。現状では、臓器移植の実施に際して問題があれば、厚労省の委員会で検討することになっていますが、規制や監視を専門に行う機関はないと言えます。特に、臓器の提供と移植をめぐって問題が発生したときに、関与した人びとは、すぐに「法律」で裁かれることになります。日本には(弁護士にとっての弁護士会のような)医師が全員加入している団体はありません。つまり、移植を「規制」する方法は、法律しかないわけです。*6

こうした臓器提供を増やす方策に関して、「改正案」は、次のように整理できます(各改正案の「十七条の二」などに関わる事項)。

  • A案:国及び地方公共団体に対して、運転免許証や医療保険の被保険者証等に意思表示できるようにすること、移植医療に関する啓発及び知識の普及に必要な施策を講ずることを求める。加えて、臓器提供における意思表示の条件を緩和する。
  • B案:国及び地方公共団体に対して、移植医療に関する教育の充実を図る、運転免許証や医療保険の被保険者証等に意思表示できるようにすることを求める。
  • C案:移植を受けた患者や提供した患者の健康状態を的確に把握できるようにシステムを構築することを求める。適正な移植医療を確保するために、提供事例などの調査や分析を通して検証することを国に求める。
  • D案:国及び地方公共団体に対して、運転免許証や医療保険の被保険者証等に意思表示できるようにすること、移植医療に関する啓発及び知識の普及に必要な施策を講ずることを求める。

A案、B案、D案では、移植医療に関する知識の普及・啓発あるいは教育や、意思表示できる機会をより一層、増やすことが求められています。これらは、移植医療について奨励するという意味では、前述したWHOの文書にあることとも合致しますが、移植医療そのものの監視・監督や規制という側面については触れられていません。その点、C案では監視・監督のシステムについて言及されています。*7
またWHOの文書は、移植の推進にとって不都合な出来事でもきちんと監視し、情報を共有できるように求めていますが、A案、B案、D案では、そこで述べられている知識の普及・啓発や教育に関して、移植の推進に必ずしもポジティブではない情報をどこまで盛り込むのかについては、何も触れられていません。*8


以上、WHOの(新)移植指針と比較する形で、改正案についてみてきました。
こうしてみると、A案というのは必ずしもWHOの指針に合致するものではないように思います。極端な解釈が許されるならば、A案は(臓器提供を増やすということを除いて)、WHOの指針の内容に最も反するものかもしれません。またB案やD案に関しては、WHOの指針を強く意識しているようにはみえません。
それに対してC案は、WHOの指針にもっとも適合するという見方ができます。とはいえ、「臓器不足」が声高に語られているなかで、C案は(その解釈が正しいかどうかは別にして)臓器提供の条件を厳しくする(脳死判定の厳格化)とメディアでの報道では言われていますから、支持が広がらないのかな、とも思います。

いずれにしても、WHOの指針=国際標準だと考えるのであれば、現在提出されている「改正案」は、どれも不十分なのだと言えるかもしれません。

それにしても、これだけWHOの指針について報道されているのに、その文章を日本語で入手できない、さらに、WHOの指針で示されている原則と比較対照した上での議論がほとんど無い、ということが、今回の「臓器移植法改正」論議の底の浅さを示しているのかもしれませんね。

*1:ただし、A案、B案、C案に関しては、提出された当時に、WHOの新しい移植指針の内容は明らかではなかったと思われる。

*2:比較表は、日本移植学会のコチラのページからPDFで入手できます。それにしても、なぜ新しいWHO指針が取り上げられていないのかは、わからないのですが…。この移植学会による比較表については、5月17日のエントリーでも触れています。

*3:基本的に次のような区別になります。opt-inというのは、「Yes」という意思表示がある場合にのみ、臓器提供(臓器の摘出)を行うことが出来るというもの。opt-outは、「No」という意思表示がある場合は臓器提供(臓器の摘出)を行うことが出来ないというもの。同じことのように思えるかもしれませんが、意思表示が無い場合に、対応が異なります。opt-inの場合は、意思表示が無い場合は、「Yes」という意思表示が無いので、臓器提供(臓器の摘出)を行うことは出来ません。opt-outの場合は、意思表示が無いということは「No」という意思表示が無いということなので、臓器提供(臓器の摘出)を行うことが出来ます。

*4:ただし、最新の「臓器の移植に関する法律の運用に関する指針(ガイドライン)」では、「第12 生体からの臓器移植の取扱いに関する事項」「第13 組織移植の取扱いに関する事項」として言及されています。

*5:前述した移植学会による比較表では、C案に基づく改正が行われると、生体移植や組織移植の実施件数が大幅に減少すると予測されています。しかしながら、WHOの移植指針に適合させるのであれば、「生体移植」や「組織移植」についても、提供者の法的な保護を規定する必要があるようにも思います。

*6:また、普及や啓発、教育活動も挙げられていますが、臓器売買などの危険性であったり、移植の推進に不都合な情報についても共有されているのか、という点について現状のシステムでは、不十分であるように思われます。例えば、日本臓器移植ネットワークのホームページから、脳死臓器移植の推進に際してネガティブな情報(ラザロ徴候や長期脳死の事例など)を探すことは難しくなっています。そもそも、「移植を受けた」「救われた」という話題に比べて、「移植を受けたけど亡くなった」という情報は、メディアに現れにくいものなのかもしれません。

*7:蛇足になりますが、A案では「No」の意思表示をしていることが重要になります。その意味で、A案において意思表示できる機会を増やすというのは、「No」の意思表示を確認するためということになるのかもしれません。それはつまり、「臓器提供意思表示カード」を「ドナーカード」とするのではなく「ノン・ドナーカード」にするということかもしれません。

*8:そもそも、そうした情報について検討するシステムについては、何も言及されていないようです。すると現状で、どこまでポジティブではない情報が共有されているか、十分に提供や移植の事例が検証されているのか、ということを考える必要があるのかもしれません。