書評「動物からの倫理学入門」の補足

先日の『図書新聞』(2009年4月4日号、第2912号)で書評させて頂いた伊勢田哲治動物からの倫理学入門』が、評判になっているようです。→ ●2009年3月27日のエントリー

英米系の倫理学についてのテキストとしては、とてもよく出来ている」というのが、共通した見方でしょうか。
「動物倫理なんて、応用倫理学のなかでは、優先順位の低い問題ではないか?」という疑問もあるのかもしれませんが、動物倫理は、研究倫理にも関連し、さらには生命倫理環境倫理にも地続きの問題だといえます。だからこそ、動物倫理から「倫理学」を考えるという試みが、重要なのです。

この本にある言葉で、学生に伝えたいのは、次の一文です。

本来単純に一刀両断できない問題が一刀両断できるかのように思いこむのでは理解したことにはならない。(10頁)

動物倫理だけではなく、生命倫理や医療倫理、環境倫理に技術倫理などなど「○○倫理」には、何かしらの「答え」が求められがちです。
でも、応用倫理の問題群というのは、単純に一刀両断できないからこそ、問題になっているわけであって、まずは、「なぜ、どのように、問題になっているのか」を知ることが大切だと思います。
とはいえ、大学の「生命倫理」の授業をこのようなスタンスで展開していると、どうしてもテクノロジーの説明が多くなってしまうのですが…

話を戻して、僕の読後感としては、この『動物からの倫理学入門』は、扱っている内容が「英米系の現代倫理学」だから、よく出来た「英米系の倫理学」のテキストなのではありません。本書が応用倫理学を入り口にして規範倫理学を展開するスタイルであること、さらにロールズの往復均衡(定訳の一つでは「反照的均衡」)に基づいていること、こうした本書のあり方全体が、「英米系の現代倫理学」を映し出していると思うのです。
だから本書も、アメリカのバイオエシックスに対して1980年代になされた批判、「バイオエシックスは文化を超越した普遍的なものなのか?」という(外在的な)問いと同様のものに直面するのではないかと思います。
こうした外在的で乱暴な問いが、それほど深刻なものだと思われていないということ、それ自体は、「動物倫理」という問題系が北米以外では広く共有されていないということを意味しているのかもしれませんが。

いずれにせよ、この本は倫理学のテキストとして良書です。
せっかくだから、生命倫理と動物倫理のあいだに生まれる問題群(とくにパーソン論系ですが)を、今学期の授業では丁寧に取り上げてみようかな、なんて思っています。