クマムシのクリプトビオシス

衆議院での「臓器移植法A案」可決以後、採点やら研究会やらに追われ、気がつけば1週間ほど放置していました。
懐かしい方からのコメントや、刺激的なコメント、トラックバックも頂きましたが、お返事できておらず申し訳ありません。

ところで、「クマムシ」って知っていますか?
非常勤講師をさせてもらっている高校の特別授業で、クマムシについての話を聞いて、いろいろ考えた、というか、想像力を刺激されることがありました。

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「A案可決」と「小児科学会」をめぐる報道について

臓器移植法改正案」をめぐっては、18日の衆議院本会議で「A案」が予想外の大差で可決され、参議院でも月末には審議が開始されると言われています。
「A案」への対案となる「改正案」の準備も進んでいるようです。

子ども脳死臨調盛る 臓器移植法、有志議員が改正案
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20090621-OYT8T00280.htm

ところで、衆議院での大差でのA案可決について、毎日新聞の「社説ウォッチング」で次のような文章がありました。

議員一人一人が信念で投票する、との建前だったが、A案提出者の河野太郎自民党衆院議員が18日付のメールマガジンで「A案は、採決日が決まったときには、二百二十一までは本人確認がきちんとできていて、共産党が棄権するならば、あと何票必要というところまで落とし込んでいた。テレビや新聞が、連日のように四案とも過半数取れる見込みはないなどといっていたが、そんなことは最初から全くなかった」と勝利宣言したように、A案支持議員らの自民党総裁選並みの多数派工作の影響も少なくなかったようだ。
http://mainichi.jp/select/opinion/watching/2009.06.21

僕は河野太郎議員のメルマガを購読しているわけではないので、その内容については毎日新聞を信じるしかありませんが、もし、この通りだったとすれば、「四案とも過半数取れる見込みはない」という連日の報道それ自体が、「A案支持」への流れを作ったものだったのかもしれません。
「国政選挙」などの報道では、建前上は有権者への影響を考慮した報道がなされているハズなのに、「臓器移植法改正」をめぐる報道では、新聞各社のスタンスがある程度、にじみ出ていたようです。

この毎日新聞の「社説ウォッチング」では、「A案可決」についての19日の各紙社説を比較して、読売新聞と日経新聞産経新聞を「積極評価派」、毎日新聞朝日新聞を「慎重審議派」として、「一応は分類できる」としています。もちろん、「各社とも本文は一本調子ではなく」、あくまでも一応の分類ということでしょう。

けれども、衆議院での「A案可決」を受けて、日本小児科学会が脳死になった子どもからの臓器提供について検討する委員会を設置したという報道を、いくつか比較してみると興味深いです。
とくに小児科学会会長の横田俊平・横浜市立大教授のコメントを報じているかどうかと、同じ担当理事のコメントをどのように報じているのかを比べると、その違いが浮かび上がっています。

時事通信では、横田会長のコメントだけを報じ、それは次のようになっています。

衆院脳死後の臓器提供の年齢制限(現行法で15歳以上)を撤廃するA案が可決されたことについて、横田会長は「脳死の患者を一人でも少なくすることがわれわれの仕事」とした上で、これまで同学会が示してきた見解と同様、小児救命救急医療の環境整備やドナー家族の心のケアなどの必要性を訴えた。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009062100164

そして毎日新聞では、担当理事と会長のコメントを、署名記事で次のように報じています。

担当理事の土屋滋・東北大教授(小児病態学)は「長期脳死の子どもがいる中、脳死を人の死とすることを前提にした法律は議論が不十分で問題だ」と述べている。

横田会長は「小児科学会は、一人でも脳死の子どもを作らないのが仕事。ドクターヘリ整備など医療体制が整っていない。法改正までの整備を行政に働きかけていきたい」と話した。
http://mainichi.jp/select/today/news/20090622k0000m040061000c.html

これらを読むと、横田氏は「脳死状態になることを防ぐ」ことを仕事としており、そのための医療体制の整備を求めていると思えます。さらに土屋氏は、「長期脳死の子ども」に言及し、「A案」のように「脳死は人の死」とすることを前提にした法律を問題だと述べていることが報じられています。

それに対して、産経新聞では、次のようになっています。

子供の脳死移植をめぐっては、虐待した親が臓器提供を承諾して虐待が隠蔽(いんぺい)されるケースが懸念されており、委員会では、虐待の有無を見極めるための方策を議論する。このほか、小児の脳死判定基準や臓器提供した患者の家族の精神的なケア、臓器提供の公平性の確保などの課題を検討する。

担当理事の土屋滋東北大教授は「早急に議論を進め、提言をまとめたい」と話している。
http://sankei.jp.msn.com/life/body/090621/bdy0906212037003-n1.htm

産経新聞では、脳死状態になってしまうの子どもを一人でも少なくすることが小児科医の仕事、という部分は見られません。さらに、土屋氏のコメントについても毎日新聞での報じられ方とはずいぶん違います。産経新聞を読むと、小児科学会は「A案」を前提にして「小児の脳死判定基準」などの議論を早急に進めて、「子供の脳死移植」の道を開こうとしているように思えます。

どの新聞が客観的なのか判断はつきませんが、ひとまず産経新聞がA案の「積極評価派」であったことを、思い出す必要がありそうです。


ところで、そもそも毎日新聞のように「子ども」と表記しているか、それとも産経新聞のように「子供」としているか、そういった細かなところに、記者の姿勢も表れているように思えますね。
確認しておくと、小児科学会のホームページには、次のフレーズが書かれています。
「小児科医は 子ども達が成人するまで 見守ります」 公益社団法人 日本小児科学会 JAPAN PEDIATRIC SOCIETY


※追記2009.06.22
ここで引用した各社のネットの記事ですが、実際の紙面では、もっと短くなったりしていました。たとえば毎日新聞の記事は、土屋理事と横田会長のコメント部分がすべてカットされていました。紙幅の関係もあるのでしょうが、ちょっと残念です。

また、朝日新聞と読売新聞のネット記事もあったので、該当部分を引用しておきます。

 同学会脳死移植担当理事の土屋滋東北大教授は「子どもの場合、脳死から心停止までが長い長期脳死があるとされるので、特に脳死判定は慎重に検討したい」と話す。

 参院に提出の動きがある新たな改正案に盛り込まれる見通しの子どもの脳死臨調について、横田会長は「ぜひ作ってほしい。小児科医も入れてもらいたい」と話した。
asahi.com(朝日新聞社):小児の脳死判定基準、日本小児科学会が検討委 - 臓器移植法改正

 衆院が15歳未満からの臓器提供を可能にする臓器移植法改正案(A案)を可決したことを踏まえ、同委員会では国会の動向を見守りながら1年以内に見解を出す予定だ。

 横田会長は「脳死判定の検証なども大切だが、それ以上に小児の脳死症例を一人でも減らすにはどういった医療体制が必要かということも考えていきたい」と話した。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20090621-OYT1T00956.htm

「臓器移植法改正案」衆議院でのA案可決について

18日に衆議院で可決された「臓器移植法改正案」の「A案」ですが、河野洋平衆議院議長の「花道」論が指摘されています。
臓器移植法改正A案、衆議院可決 - kanjinaiのブログ
http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20090619ddm002010086000c.html

毎日新聞」は、5月前半から今回の「改正案」をめぐる審議は拙速すぎるとして、慎重審議を主張していました。また改正案の比較表を掲載する際には、「生体移植」に関する欄をつけるなど、独自性を発揮していた印象があります。
その毎日新聞の記事で、議場の雰囲気とか流れみたいなもので決まったとも指摘されています。確かに、衆議院本会議での採決の場面をインターネット中継で見ていると、「青票(反対票)」を入れる著名議員がいると「おおー」という声が聞こえてくるなど、あたかもA案に「白票(賛成票)」を入れるのが「普通」で、「青票」を入れるのは「信念のある投票行動」というような雰囲気なのかな、と思いました。

そしておそらく、今回の「改正案」は、A案提出者の中山太郎議員(84歳)の「花道」でもあったのではないかと思います。
小泉純一郎氏の投票の際には、ひときわ明るくフラッシュがたかれていましたが、それに対して、中山太郎氏が白票を入れる際には、議場からひときわ大きな拍手が聞こえました。

さて、こうした採決の場面について18日(木)夕方、TBS「総力報道!THE NEWS」では、キャスターの後藤謙次氏が、本会議場の「雰囲気」を激しく批判していました。
「人の死」も関わる議案にも関わらず、審議中の居眠りや談笑。採決中にも聞こえてくる笑い声。A案とD案の違いがわかっていない議員。成立時に「首班指名を受けたかのような」中山太郎氏への拍手。
こうした真剣味にかける議場の雰囲気が本当のことならば、呆れるというか、怒りがこみ上げてくるというか、何とも言葉を失ってしまいます。

何だかんだ言って、国会議員にとって「臓器移植法改正案」の審議は、たくさんある議案のうちの一つでしかなかった、ということでしょうか。


生命倫理会議も早速、A案可決に対する声明を出していますね。生命倫理会議: 衆議院A案可決に対する緊急声明

ひとまず、参議院でこうした「残念な状況」が繰り返されないことを切に願っています。




いちおう、議員の投票行動については、各紙が一覧表をだしています。
たとえば日経のものはこちら。→臓器移植法改正A案への賛否
日経の計算では、A案への賛成票263票のうち、自民党議員によるものが202票だったようです。→臓器移植法A案の賛成率、自民67%民主37%

ひとまず速報で…

臓器移植法改正案」の衆議院本会議での採決ですが、賛成263票、反対167票でA案が可決したようです。
予想外に大差のついた結果で、残念です。
「一律に脳死は人の死」という規定はもちろん、イスタンブール宣言やWHO(新)移植指針が求めている生体移植についての条項や、虐待児への対応策、さらに4月21日のエントリーでも指摘した現行法の基本的理念と矛盾する親族優先提供の条項(A案に内在的な矛盾も生じさせているもの)など、今後の修正が必要だと思われる点がたくさんあります。
「個々の死生観の問題」と言われますが、「長期脳死」など科学的な検討が必要な問題もあります。
1997年の現行法のときもそうでしたが、良識の府である参議院での充実した審議に期待したいと思います。

 http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090618dde001010008000c.html
 http://www3.nhk.or.jp/news/t10013713101000.html

※追記
生命倫理会議は、今日18時から記者会見を行うようです。
 生命倫理会議

週刊誌の見出しでは「余命1カ月」とも言われている麻生首相は、A案に反対票を投じたとのことです。ほんのちょっとだけ見直しました。
 http://www.asahi.com/politics/update/0618/TKY200906180258.html

党議拘束を外しても結局は…。「虐待」対策はどうするのか…。

いよいよ明日の衆議院本会議で「臓器移植法改正案」の採決が行われるのですが、「党議拘束を外す」というのは名ばかりの様相を呈してきているようです。
移植を待つ子どもを救うため、とはいえ、A案の内容で臓器移植法が「改正」されても、すぐには、子どもの脳死からの臓器提供は出来ないという事実は、確認しておきたいです。

NHKによる国会議員の動向の取材結果では、A案支持は「自民党の議員を中心に最も多い150人以上の支持」、ついでD案が「自民党民主党の議員を中心に50人余りの支持」、C案は「民主党社民党などの議員から」10人から20人の範囲、そしてB案は「公明党の議員を中心に」10人から20人の範囲、とのことです。
 http://www3.nhk.or.jp/news/k10013677093000.html

結局は、所属政党の重鎮が支持する「改正案」に流れる議員さんが多いということなのでしょうか。
たとえば、A案支持を明言している自民党衆議院議員国務大臣経験者を挙げると、A案の提出者でもあり元外務大臣である中山太郎議員(84歳)、自民党総務会長の笹川堯議員(73歳)、元文部科学大臣官房長官河村建夫議員(66歳)は、すぐに思いつくところとなります。
ともかく、今回は記名投票とのことですから、どの議員がどのような選択をしたのか、後から検証できるようです。
 http://www.47news.jp/CN/200906/CN2009061701000654.html

毎日新聞日本テレビが行った世論調査の結果も出ていますが、質問の仕方、選択肢の置き方で、結果に影響を及ぼすことが出来るということの好例となっています。(そもそものサンプル数、有効回答数を考えると、「世論」の調査とは言いがたいもののように思いますが…)
 毎日新聞 世論調査 日本テレビ 世論調査


ちなみに、もしA案の内容で臓器移植法が改正されても、すぐに、6歳未満の子どもの法的脳死判定が可能となって脳死からの臓器提供が出来るわけではありません。現在、臓器移植法と省令で定められている「脳死判定基準」では「6歳未満」の子どもは、「(法的)脳死判定」が出来ないことになっています(除外例)。
ここで除外された小児の脳死判定基準については、4月21日の参考人意見聴取でも取り上げられていましたが、小児科医の間でのコンセンサスが出来ているわけではなさそうです。それでも、「経験を積めば、高い確率で小児の脳死の診断が可能」とも言われています。けれどもこれは、経験豊富な専門家が慎重に行わないと難しい、ということなのかなと思います。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090604-00000001-cbn-soci
いずれにせよ、小児の確実な脳死判定は簡単なものではないようです。さらに、「脳死」と判定や診断されても「長期脳死」の事例をどう受け止めるのかということもあります。法律を「改正」しても、移植のために海外へ渡航する親子がゼロになるわけではない、というのが妥当な予測のように思います。

そして「虐待」への対応という問題もあります。
アメリカのデータをみると小児のドナーの多くが「児童虐待」に遭っていた事実は明らかです。
たとえば2008年には、1歳未満でドナーとなったのは114人。そのうち「死の状況(Circumstance of Death)」が「児童虐待(child abuse)」であるものは46人です。なんと40%もの1歳未満のドナーは「虐待」を受けていたということでしょうか。
また、1歳から5歳でドナーとなったのは221人おり、そのうち「死の状況」が「児童虐待」となっているのは62人、28%という数字になります。
 http://optn.transplant.hrsa.gov/のサイトで知りたいdataをアレンジして確認できます。

虐待を受けた子どもでも、とにかく、もらえる臓器はもらっておく、という考え方なのでしょうか…。いずれにせよアメリカのデータは、ちょっと怖い現実を映しているように思います。

「いのち」から現代世界を考える

2008年度前期に慶應義塾大学経済学部で展開された連続講義が、講義録として一冊の本になりました。
高草木光一編『連続講義「いのち」から現代世界を考える』(岩波書店、2009年)です。
岩波書店のサイトでは、大村次郷氏によるカバー写真を見ることができます。
 岩波書店のサイトはこちら→岩波書店
この連続講義は「現代社会史」(春学期集中)として毎週土曜日の2限3限、ときには4限まで使って行われたものです。僕もほぼ毎回(2008年7月12日だけは、学会シンポジウムでの発表と重なってしまったため欠席させてもらいました)、予定質問者として参加させてもらったものです。また、5月17日の第一部討論会では、第一部の議論のまとめとアメリカのバイオエシックスの簡単な歴史についてまとめた講義をさせてもらいました。
とりあえず、この本の目次を見れば、いかに多角的で重厚な講義だったか、その一端でも、わかってもらえるのではないかと思います。

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脳死臓器移植と医学・医療技術の進歩と価値観

臓器移植法改正案」の衆議院での審議は、今日午後の本会議での簡単な討論を終え、18日にも、いよいよ採決という状況になりました。
(未熟者ながら)「脳死臓器移植」の社会的文化的側面を研究してきた者として、少し広い視野から、この問題を考えてみたいと思います。
一つは、2008年5月の国際移植学会による「イスタンブール宣言」と、それとは別の、WHOによる(新)移植指針が意味するものを、量的拡大一辺倒だった世界における移植医療が国際的な管理のもとでの移植医療への転換点という視点から確認すること。
もう一つは、医学・医療技術の進歩によって、社会・文化の変容あるいは価値観の変容がもたらされるとしても、医学・医療技術の進歩により、その変容自体にも、変化が起きるのではないか、という視点です。

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